私たちの体の中で唯一最も自由に動かせる関節部位は、肩関節です。 膝、足首、腰などの他の関節部位とは異なり、肩関節は唯一360度の回転が可能な部位です。 肩関節は動きが大きく自由である分、損傷の発生率も他の関節に比べて高くなっています。 運動中に肩を痛めるケースも多いですが、日常生活において肩の痛みが生じる事例も多くみられます。 これは、運動以外にも家事や職業的な要因により肩を過度に繰り返し使うことで、 肩の疾患を引き起こす可能性が高まるためです。
数多くある肩の疾患の中でも、深刻な肩の痛みを引き起こす 石灰沈着性腱炎は、肩の腱に異物、すなわち石灰が沈着することで発症する疾患です。 このように腱や軟部組織に沈着した石灰は周囲を刺激し、肩の中で炎症を引き起こして 激しい肩の痛みをもたらします。 肩を取り囲む腱である回旋筋腱板(ローテーターカフ)の変性や 血流障害によってカルシウム成分が蓄積する場合、石灰性物質へと変化し、これを石灰と呼びます。 肩の痛みを引き起こす石灰沈着性腱炎は、普段は肩の痛みがなくても 突然激しい肩の痛みが生じるのが典型的な特徴であり、主に現れる症状としては、 肩が燃えるような火照った感覚や、就寝時に痛む肩を下にして 横向きに寝ようとしても激しい肩の痛みが生じます。 また、肩に触れることもできないほど痛み、腕を大きく動かさなくても 肩の痛みがあり、肩から腕や首へと痛みが広がる感覚があり、 夜間に肩の痛みが強くなる夜間痛が生じます。 医学では痛みの程度をVASスコア(Visual Analogue Scale)で表します。
0点から10点満点で測定し、0点に近いほど痛みがないことを意味し、 10点に近いほど痛みの程度が強いことを表します。 出産の痛みが通常6〜7点程度とされていますが、 石灰沈着性腱炎による肩の痛みは出産の痛みよりもさらに強い8〜9点とされており、 石灰沈着性腱炎の肩の痛みの程度は高いと報告されています。 石灰沈着性腱炎は毎晩激しい肩の痛みを引き起こし、夜間は眠れないほど 肩の痛みが極めて強い一方、昼間は肩の痛みが幾分和らぐ傾向があります。 腕がズキズキしたり、刺すような鋭い肩の痛みを感じることもあり、 時に痛みが現れたり消えたりを繰り返すこともあります。 痛む肩を前方や側方に挙上することも当然ながら制限されます。 石灰沈着性腱炎は他の肩疾患と比べて原因が明確であるため、 診断によって石灰沈着性腱炎と確定されれば、石灰沈着性腱炎の治療は比較的容易です。 石灰沈着性腱炎の治療は、肩の痛みを引き起こす原因である石灰を除去するか、 石灰のサイズを縮小させて細胞に吸収させることで行われます。
現時点では医学的に肩に石灰が生じる原因は明確には解明されていません。 ただし、肩腱の血液循環障害や、肩を繰り返し使用することによる微細損傷によるものと考えられています。 肩の血流循環が適切に行われないことで靭帯が変性し、石灰が生じるとされています。 一般的に肩の痛みを引き起こす石灰沈着性腱炎のステージは、形成期・維持期・吸収期の3段階に分類されます。 石灰沈着性腱炎によって最も強い肩の痛みを感じる時期が、石灰が吸収される吸収期です。 石灰が急激に溶解する時期である吸収期には、激しい肩の痛みを引き起こす化学物質が放出されます。 これにより、深刻な肩の痛みとともに肩の可動域を担う運動制限も現れます。 石灰が吸収期に入ると石灰の体積は膨張し、回旋筋腱板内の圧力が増大して 肩の痛みが深刻になりますが、石灰が完全に溶解せず残存している場合は肩の痛みも一時的に止まります。 そのため、この時期に多くの方が自然治癒したと考え、 石灰沈着性腱炎の治療を行わずに症状を放置してしまいますが、 完全に溶解しなかった石灰が後に再び吸収期に戻った場合、 再び深刻な肩の痛みが現れる可能性があるため、 症状がある時期には石灰沈着性腱炎の治療を行う必要があります。 石灰沈着性腱炎の治療に先立つ診断は、X線検査のみで十分に可能です。 ただし、石灰が形成される形成期にある 微細な石灰やチョークの粉のような性状の石灰はX線上で確認できない場合があるため、 関節超音波検査によって診断を行うこともあります。
石灰沈着性腱炎の治療は、回旋筋腱板断裂を伴わない場合であれば、 非手術的治療によって大部分の治療効果を得ることができます。 石灰沈着性腱炎の治療は、石灰による肩の炎症を緩和することから始まり、 原因となる石灰を除去または吸収を促進させる方法で行われます。 形成期の石灰は肩の痛みが極めて強いため、石灰破砕吸引術によって除去することが 石灰沈着性腱炎の治療に迅速な効果をもたらすことができます。 石灰沈着性腱炎の治療における石灰破砕吸引術は、肩関節鏡手術を行わなくても 腱内に沈着している石灰を注射器を用いて吸引・除去することができます。 超音波ガイド下で正常な組織を損傷することなく、正確に損傷を受けた部位や 石灰が沈着している組織を治療できることが利点です。 石灰が溶解しつつある急性疼痛期に石灰沈着性腱炎の治療として石灰吸引術を施行すると効果的です。
石灰沈着性腱炎の治療として石灰吸引術を行った後、肩の痛みが消失したとしても、薬や注射のみに頼ることはできません。 石灰による炎症性癒着反応や肩関節拘縮を予防し改善するためには、追加的に 肩のストレッチおよび可動域確保のためのリハビリテーション運動療法を必ず併用する必要があります。 また、注射器を用いた石灰沈着性腱炎の治療である石灰吸引術では肩関節内のすべての石灰を除去しきれないため、 石灰吸引術後に残存している石灰は追加的に体外衝撃波療法によって腱の血流量を増加させ、 残余石灰が速やかに吸収されるようにする必要があります。 肩の痛みを引き起こす石灰沈着性腱炎は、症状の初期には単純な肩の筋肉痛と考えてしまい、 症状を放置したまま自己治療を行うこともあります。 また、回旋筋腱板断裂や五十肩(凍結肩)などの他の肩疾患と混同するケースもあります。 自己判断は症状を悪化させるだけでなく、不適切な治療の適用による様々な副作用を招く可能性があるため、 必ず適切な時期に石灰沈着性腱炎の治療を受けることが重要です。

